2,000本安打カウントページ
田中幸雄2,000本安打カウントダウンブログ
二千本安打名球会入りへ向けてヒット量産中 1,000打点や2,100試合出場ももうすぐです。

2007年03月20日

22年目の集大成へ=田中幸、4年越しの金字塔挑戦

金字塔へ、4年越しの挑戦となる。日本ハムの田中幸雄内野手(39)が、昨季までのプロ21年間で積み重ねた安打数は1982本。あと18安打まで迫った大台到達へ、意欲を新たにしている。
 12月に不惑を迎える大ベテランは、1月の自主トレから順調な調整を続ける。「ここ数年で一番、体が動いている。神様が最後の最後でそうしてくれているのかな」。日焼けした顔が、今季への手応えを感じさせる。
 大型遊撃手として鳴らした時期は過ぎ去り、最近は若手の台頭の前に出番が減った。2003年終了時で1901安打としながら、以後の3年間でわずか81本。主将を務め、初体験の優勝に歓喜した昨季も、個人的には満足な成績を残せず、大幅減俸を受け入れた。
 「去年は15安打しか打っていない。(今季も)非常に難しい状況になっている」と、代打出場が多い現状を冷静に見ている。ただ、正一塁手だった小笠原が移籍し、出場機会が増えることも予想される。「打席に立つ数が多いほど、可能性が高くなる」。首脳陣にアピールしようと、黙々とバットを振り続ける。
 「2000本(の目標)がなければ辞めていたかもしれない。現役でやれるだけありがたい」と迎える22年目。球団生え抜きの選手として初の勲章に向け、「ミスター・ファイターズ」は歩を進める。

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posted by カウント男 at 23:03| ストーブリーグ情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

田中幸雄が報道陣を心配

日本ハム田中幸雄内野手(39)が報道陣を心配? チームは前日9日の試合後に神戸から横浜へ移動した。田中幸はチームよりひと足早く新幹線で東京に行き、自宅に帰って深夜に宿泊先のホテルに合流。3月1日以降、北海道→千葉→兵庫→香川→兵庫→神奈川というハードな移動にも「体が元気なので疲れも感じてませんよ。皆さん(帯同している報道陣)のほうが大変なのではないですか」と優しい一面をのぞかせていた。

また、同じ宮崎県出身で県知事の東国原英夫知事の訪問に対し「東さんが知事になって宮崎は良い方向にいくと思う」と応援した。
posted by カウント男 at 22:44| ストーブリーグ情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本ハム前オーナーの墓前にV報告

日本ハムのヒルマン監督、選手らは8日、香川県さぬき市の法道寺を訪れ、前オーナーの大社義規氏の墓前に昨シーズンの日本一の報告を行った。

 オープン戦のため高松から神戸への移動日を利用して実現したもので、全員がユニホーム姿。ヒルマン監督は「球団を築かれ、引っ張ってきた方に敬意を表し、みんなで訪問したかった」と話し、通算2000安打まであと18本の田中幸は「もう一度力をください、とお願いした」と神妙な表情だった。

 前オーナーは44年ぶりの日本一を見届けることなく、一昨年の4月に亡くなった。
posted by カウント男 at 14:37| ストーブリーグ情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月03日

2千本安打へ「いい感じ」

通算2000本安打まであと18本に迫っている田中幸が、オープン戦3打席目で初安打を放ち、「久々にいい感じで振れた」と笑顔を見せた。

 二回二死から、ロッテの先発清水の甘く入ったカーブを見逃さず、きれいにはじき返した打球は、中堅手の頭上を越える二塁打となった。「彼のパワーを見せつけてくれた」とヒルマン監督を喜ばせた。

 39歳のベテランはキャンプからマイペースで調整を続け、いい状態でオープン戦に臨んでいるという。「まず結果を出せてよかった」とほっとした様子だった。


3月3日のマリーンズ戦では、清水のカーブをレフト線へはじき返して二塁打を放つ
3月9日のタイガース戦では、エステバン・ジャン投手相手に三塁縫工への内野安打でした。
posted by カウント男 at 23:40| オープン戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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